ハドソン産業~「M3A1 グリースガン」と共に歩んだ老舗メーカー~

スタッフコラム

工具の名前で呼ばれた銃

M3A1グリースガンは、第二次世界大戦中に開発・配備されたアメリカ軍のサブマシンガンです。生産性を高めるためにプレス加工などを多用したスタイルは、高粘度潤滑油を注入する工具に例えられ、グリースガンと呼ばれるようになります。

唯一無二ながら愛嬌をも感じさせる外観(これがまた第二次大戦でのライバルともいえるMP40と好対照でいいんですよね)と、シンプルゆえの高い信頼性でロングセラーアイテムとなったM3グリースガン。当然日本でもモデルガンおよびエアソフトガンで複数メーカーからリリースされています。

最も語り草であり、自分も一度その動作しているところを見てみたいのは、MGCのゼンマイ式排莢メカを備えたグリースガンですね。火薬を使用したブローバックメカとは異なる楽しさで人気が高かったようです。そしてグリースガンといえば忘れてはならないのがハドソン産業版でしょう!

今回はお客様からお譲り頂きましたハドソンのモデルガン版とガスブローバック版に加え、「え、この2つ揃ってたらこの間あの店の在庫であったヤツ並べないとじゃん」というわけで北関東の某玩具店でホコリをかぶっていたカート式エアコッキング版を(Tg)の私物として買ってきちゃいました!

いや、当時から気になっていたんですよ。さすがに高校生でこういう趣味枠につぎ込むお金もなくて……結果35年ごしくらいの入手です。

サブマシンガン史~MP18からグリースガンへ~

ここで少しグリースガンの歴史を辿ってみましょう。第一次世界大戦で主流となった塹壕戦では、狭い塹壕内で取り回しよく、射程は短くとも弾丸をばらまける銃が必要とされました。末期にドイツ軍が使用した拳銃弾を使用するMP18は、軽量でフルオートが可能とこのニーズにこたえるかたちで活躍。「塹壕箒」とも呼ばれました。

第一次世界大戦末期に開発されたMP18 (画像出典:Wikipedia)

アメリカ軍でも同様のコンセプトでサブマシンガンの開発が始まりましたが、実用化は戦後になってからでした。それがトンプソンサブマシンガンシリーズです。ガバメントと同じ45口径(.45ACP)弾を使用することも加えて、最初に注目したのはギャングと、それに対抗する警察機関でした。後に軍もその性能に着目してトンプソンマシンガンはM1928シリーズとして採用し、各地の紛争や供与などで活躍します。第二次世界大戦開戦当初もトンプソン(トミーガン)が歩兵装備として普及しました。

しかしトンプソンはその時点で最初の開発段階から20年が経過しており、さらにドイツが採用したMP38(MP40)は、プレス加工やプラスチックの多用により、高い生産性と低コストを両立させていました。そこでアメリカ軍も生産性を高めた新設計のサブマシンガンが必要という結論に至ります。そうして誕生したのがM3グリースガンでした。

プレス加工やプラスチックが多用されたMP40/I (画像出典:Wikipedia)

トンプソンと同じくアメリカでは絶大な信頼を誇る.45ACP弾を使用。プレス加工と溶接主体の本体やワイヤー加工による伸縮性ストックなど、MP40をしのぐ高い生産性を実現させることで、トンプソンの約半分の価格におさえることに成功しました。

その投入は大戦終盤のノルマンディー上陸作戦からとなりましたが、優れた生産性のおかげで対戦期だけでも実に60万丁以上が製造され、アメリカ軍はもちろん、ソビエトや中華民国など広く供与されました。戦後も朝鮮戦争やベトナム戦争などで使用。さらに陸上自衛隊を含む世界各国の軍隊でも21世紀に至るまで使用されていました。

モデルガン

生産年の関係でトップの写真ではカートリッジ版、モデルガン版、ガスブロ版の順で並んでいますが、もちろん機構的にはモデルガン版が最初に登場しています。当初は外装も金属製で、77年の規制後、ハドソン版モデルガンは外装をプラに変更しています。

この時期のハドソン版グリースガンは、そのリアルなスタイルによってMGC版とあわせて映画やテレビのプロップ銃にも多く流用されています。『帰ってきたウルトラマン』(1971)ではマットガンとして怪獣と戦っています。薬師丸ひろ子さん主演の『セーラー服と機関銃』(1981)における、「カ・イ・カ・ン」のセリフを生み出したあの機関銃もグリースガンですね。

ハドソン版モデルガンは近年もCAWからリバイバルモデルとしてリリースされるという、実銃同様のロングセラーとなりました。

カートリッジ式エアーソフトガン

80年代半ばからのサバイバルゲームブームの1986年、ハドソンはカートリッジ式のエアーコッキング版を発売します。本アイテムで特徴的だったのは、サバイバルゲームに特化して一部パーツを省略した「コンバット」仕様(9800円)と、外装をリアルに再現した通常の「M3A1」仕様(12800円)の2種類を同時リリースした点です。

グリースガンのコッキングはボルトを指でスライドさせるという独特のシステム、カートリッジ式もその方式を踏襲しています。しかしこのボルトがダストカバー内にありました。いくら当時ののんびりしたエアコッキング主体のゲームとはいえ、レバーアクションが可能なマルゼンのKG9やminiUZI、そしてポンプアクション式の同ショットガンやファルコントーイMP、マスダヤのミニットマン10(ZAP20)などとはとても渡り合えません。そこでハドソンは独自にボルト部分にネジ穴を設け、レバーを後付けできるようにしました(今回調べてて知ったのですが、実銃でも現地改修でコッキングレバーを追加したケースがあるようですね)。ただしレバーは右側に突き出ており、その上カバーとも干渉するため、結局は「ないよりはマシ」程度なのですが……。

このため見るからに邪魔そうなダストカバーパーツ一式やストック、スリングなどをオミットして、サバイバルゲームに特化したのが「コンバット」仕様になります。

この時期のサバイバルゲーム用の銃はケースレスやポンプアクション化など、日進月歩の近代化の真っただ中にありました。そのためグリースガンも熱心なファンが主なユーザーにとどまった印象です。

ちなみにこの時期のハドソンのヒット作は、映画『マッドマックス』仕様のダブルバレルショットガンのモデルガン。グリースガンの取説は、ハドソン製品ポスターの裏面に、マッドマックスの取説とあわせて印刷されています。

ガスブローバック版

しかしハドソンのグリースガンへの情熱は消えることはありませんでした。カート式に続いて、今回はご用意できませんでしたがBV式ガスガンをリリース。そして2000年代初頭にはマルゼンのアドバンストシステムを使用したガスブローバック式グリースガンをリリースします。(写真のアイテムはお客様が塗装を施したヘビーウエイトモデルになります)

トリガーガード前方にある突起は後付けのセフティーです。BV版外付けホースの接続穴を使用したもので、この時期の安全基準に沿ったものです。このブローバック版はほかにサプレッサー装着タイプもリリースされました。

ハドソンというビックリ箱

自分がサバゲなどから離れていた(今でも完全復帰したわけではないのですが)2009年にハドソン産業は遊戯銃から撤退したとのこと、少し残念です。モデルガンブームの立役者の一つでありながら、良く言えばでこだわりの強い、悪く言えば時流とは異なる、いずれにしても強い職人気質を感じるメーカーでした。

80年代当時でも共産圏の銃のモデルガン化や、2000年代になってもトカレフやジェリコといったマイナー銃のガスガン化など、次は何を出すのか?という意外性のあるメーカーだったと思います。正直今もちょっと変わり種系の銃を見ると、「ハドソンが商品化しそう」と思ってしまったりもします。

最後の写真はグリースガンの取説も兼ねた80年代中期頃のハドソン製品ポスターです。今なおエアガン化されてない銃もあり、わくわくしますよね。


最後までご覧いただきありがとうございました。

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