投稿日: 2026年1月1日公開【出張買取】福岡県福岡市の無可動実銃買取実績|元祖分隊支援火器・RPD軽機関銃 福岡県福岡市のお客様より、1948年にソ連軍に採用された分隊支援火器・RPD軽機関銃の無可動実銃をお譲りいただきました、ありがとうございます。1mを越えるボディの迫力がたまりません。 RPD軽機関銃とは RPD軽機関銃は世界初の分隊支援火器ともいわれています。設計はほかに対戦車ライフルPTRD1941や、DP28軽機関銃、PPSh-41の原型となった短機関銃PPD-34/38/40短機関銃などを開発した、ヴァシーリー・A・デグチャレフです。 極寒のソ連の銃らしくフォアグリップ、グリップ、ストックなど皮膚が頻繁に触れる部分には木材を採用。そのためパッと見の印象はAKシリーズに通じるものがありますね。 弾薬はAK47と同じ7.62mmをベルトリンク方式で給弾します。ベルトリンクは下部のドラム型のボックスマガジンに収容されており、マガジン自体は実は円形でなくとも機能します。軽機関銃ということで第二次世界大戦で注目されたドイツのMG34/42を連想する方も多いと思います。 事実給弾方式など参考にしていると思われる部分がありますが、RPDの本体重量はおよそ7.5kg。11kgから12kgほどのMGシリーズより格段に軽量なため、1名での運用が可能となっています。 そのため標準装備されているバイポッドによる伏せ撃ち以外にも、スリングによるサポートで腰だめ射撃も想定された設計となっています。 分隊支援火器とは 分隊支援火器はその機動性と多弾数によって敵兵士の動きを止め、アサルトライフルを持つチームメイトの前進をサポートするのが主な役割です。RPDの登場によって、現代にまで通じる歩兵分隊の運用思想が誕生したといえるでしょう。 ちなみに西側諸国では大戦終了後、軽機関銃は廃止される傾向にありました。しかしベトナム戦争においてソ連から武器を供与された人民軍のRPDやその後継機であるRPK軽機関銃などの分隊支援火器に苦戦します。 ベトナムでの米軍でも、分隊支援火器にあたる銃として汎用機関銃であるM60を採用していました。しかしその重量は10kgと重く、ただでさえ移動の困難なジャングルでは機動性の低さが弱点でした。重量だけでなく故障しやすい構造設計など別の問題はあったようですが。 ともあれこの戦訓から軽量化されたE3以降のシリーズや、最終的に現在も使用されているミニミM249軽機関銃(本体重量約7kg)の採用につながっていきます。 なお、RPD軽機関銃がAKMを仕様変更したRPK軽機関銃へと置き換えられた理由は、弾帯使用によるAK47を持つ兵士との弾薬共用の困難さが大きかったようです。 ただしMG34/42系以来、西側で重視され続けていたバレル交換については、RPD/RPKともに交戦中の交換は想定されていないんですよね。寒冷地だから過熱したら雪に突っ込めばいいとか考えられていたのでしょうか。 RPKへの置き換え以降もRPDは東側諸国でライセンス生産されたり払い下げられるなどして、本国よりも長期間にわたって使用されました。今回の無可動実銃もポーランドからの一挺となります。刻印された1960年の前年には、ソ連ではRPKの生産・配備が始まっています。 くれいも屋では各種無可動実銃の買取をお待ちしております。加工方式については新旧を問わず、今回のRPDも旧加工品となります。高額買取や大量買取の場合には、ご自宅まで伺う出張買取も対応しております。まずはお気軽にご連絡・ご相談ください。 【福岡県で買取希望の方はコチラ】